グループ 打ち上げパーティではありません

5月9日(木) Vol.24 こんなに美しい気持ちを持っていただろうか

昼休みに男子生徒の一団が来た。「おや?珍しい」と思っていると、手にお弁当を持って遠慮がちに入ってきた。「いいよ、昼休みぐらいしか先生が捕まらないいんだね。ここで昼食摂ればいい」と声をかけると、持参した弁当を広げ、むしゃむしゃ食べ始めた。せっかくだから写真撮影。「あぁ、今日は母が手抜きだと言っていました」(それにしては豪勢なお弁当です)ふと高校時代のことを思い出した。隣の友人の弁当がやたらに豪勢で、卵焼きがふんわりしている。看護師をしていて、朝時間のない母が作る弁当は、のり弁か日の丸弁当。それでも美味しかった。ポツンとその事情を呟くと、一緒に昼食を摂っていた友人が、「これお前の分だって、お袋が」と言って、翌日ふんわり卵焼きを持ってきてくれた。嬉しかった。何日かに一回、自分と同じおかずを持ってきてくれる。遊びに行ってお礼を述べると「喜んでもらえたら・・・」という、おばさんの言葉を遮るように「俺が作れって言っているんだ」と友人が言葉を挟んだ。今でも付き合いがある。お母さんはなくなったそうだが。彼らの弁当で、いい思い出を思い出させてもらった。

「で、来たからには、何か目的があるのだろ」と問いかけると、如何ともしがたい、やるせない思いを語り合っているうちに「そうだ校長に聞いてもらおう」という気になったのだという。(内容は彼らと私だけの秘密)一緒に高校生活を送って来た仲間に有終の美を飾らせたい。大きな壁があるし、それはどうすることもできないものであることも自覚している。『しかしなぁ・・・』何がどうなるわけではないが、聞いてくださいよ。堂々巡りの思い。同じ場所をくるくる回るメリーゴーランドのようなもの。話を聞いていて、そんな彼らが羨ましかった。「いい経験しているよ。だでれもできるものではない。私が何をしてあげられるわけではないが、『だめ』という結論を出してしまっているものにチャレンジしてみればどうだろう。互いのつながりや思いを確認するためにも。結果として『だめ』であっても、この『なかま』『ともに』はより強い『絆』となるのではないか」というほどのことを語った。いいアドバイスになったかどうかわからないが、リーダー格の生徒が、「やってみるか。ダメだったらごめんな。」と渦中の友人に語りかけていた。語りかけられた生徒は「ありがとう」とつぶやいている。高校時代に、こんな美しい気持ちを持っていただろうか?

市原中央高等学校生徒の保護者の皆様、お子様はいい成長していますよ。いい学校です。

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