嵐 嵐の夜 いい人情に触れた いい人に出会った

8月19日(月) ほぼ毎日・校長 Vol.89 ここはどこだろう、あの小説の行間はこの景色を見なければ

 夏風邪を引いたようである。「鬼の霍乱」使うが漢字がかけそうにない言葉の一つである。「霍乱」とは辞書によると「日射病や暑気あたり」とある。滅多に体調を崩さないから「鬼」であってもいいか。
 郷里に車で帰っていた。前半の激しい暑さと、台風10号の直撃で、さんざんな旅であったが、元気な母親の顔が見られて、それはそれなりにいい旅だったと評価しよう。しかし、郷里から少し足を伸ばした旅先で体調を崩した。最後に宿泊した宿の女将はいい人で、台風が近づいてくるのを気遣って、「このあたりはとても穏やかないいところなんですよ。瀬戸内の夕陽は黄金色に輝いて・・・」と土地自慢をしながら、「来てください。もう一度来てください。こんな日では気の毒です」と、台風の接近する前に宿を出ようとする私たちをしきりに気遣ってくれた。「今からお通りになる道は、のたりのたりとした海のそばをゆっくりと曲がりながら、その向こうに浮かぶ島の黒い影。空と海の境がわからなくなるような黄金色の夕陽・・・」聞いているだけで情景が浮かびそうである。幼い頃、生まれ故郷の近くの海で見た夕陽の情景である。もう何年も前、教職についていたから30をとっくに過ぎた頃のことである。大学で教鞭をとっているという友人のお父さんと、瀬戸内の夕陽の素晴らしさを語り合ったことがあった。染みるように心に残る情景の一つである。
 女将の気遣いと人柄に、太宰の富嶽百景に出てくる老婆を思い出した。「また来ますよ。必ず」そう応える私に、「本当ですか。そうしてください。こんな日でなければ」と、また気遣ってくれた。その前日に写真のような光景を眺めていた私は、女将が何をどう語りたいか絵を見るより鮮やかに想像していた。いや、実際の風景の持つ美しさより美しい「印象」の瞬間(とき)を心に刻んでいた。『女将さん、ありがとう』しっかりとお礼も言えずに、追われるように宿を後にした。最後にいただいた湯が本当にいい湯だった。あの湯の後で、車のクーラーで冷えてしまったのか。風邪を引いてしまった。鬼の霍乱。

 さて、校長はこの夏休み、郷里から足を伸ばしてどこに行っていたのでしょうか。答えが分かったら校長室にどうぞ。
 ヒント 明治維新、秋山兄弟、正岡子規