重要 南の海での経験を話そう

5月7日(火) Vol.22 たった一度の経験が命を救う

避難訓練が行われた。様子を拝見していてますます「うちの子」が好きになった。担当の先生が、放送を入れ、避難を開始してからのタイムを図っている。「昨年度は8分30秒くらいでした。今年は7分15秒です」競い合うものではないが、訓練とはいえこの時間で1000名近い人が移動を開始し、整然と整列を完了できる。すごいことだと思う。さて、校長の出番である。実は連休でこの行事を忘れていた。(告白、申し訳ない)当然、講評を忘れている。南の海での貴重な経験を話すことにした。新聞委員の諸君、原稿が遅れてごめんなさい。

1分前の話が人の命を救った

南の海が好きで、年に何回も海に出かけていた。趣味の水中写真を撮影することが目的である。インド洋の小さな島で出会った日本人の若者のこと。彼は経験が豊富らしく、船の上で懸命にレクチャーをしてくれる。はるかに経験の豊かな私は、少しあしらうように彼と話をしていた。移動中のボートの上でウェイトをつけるのはよくない。そのまま落ちると、死が待っている。そんな話になった。「その時はね。こうやって・・・」と実演をして、対処方法を彼に説明して間もなく、大きな波を受けたボートがぐらりと揺れた。すでにポイント近くに来ていたので、私と話をしていた彼もウェイトをつけている。二人とも海に転落した。透明度の高い真っ青な海の中で、私より数メートル先を彼はどんどん沈んでいくのが見えた。数メートル潜ると、水圧でウェットスーツが縮む。加速をつけて、落ちるように潜行していく。苦もなくウェイトを外した私の脳裏に、若者の「死」が浮かんだ。『覚えていてくれればいいが・・・』なすすべなく浮上した私から15メートルほど離れたところに、数秒遅れて彼が浮かんできた。咳き込みながら「ウェイト、ちゃんと外せました!」と彼が叫んでいる。

彼と船上であの話をしなければ、一回の会話による疑似体験が彼になければ、命を落としていたかも知れない。訓練や練習とはそういうものだと思う。ことさら意識はしないが、自分の体は学校の机に入りづらいのだとか、この経路を使って避難場所にいくのだとか、一度実体験しておくこと、イメージしておくこと、それが命を救う。私のような経験をするものは少ないかも知れない。何事もないに越したことはない。しかし、有事に自らを救うのはこうした事前の経験なのである。その「訓練」に真摯に、静かに臨めた君たちは素晴らしい生徒たちである。